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ここはクソみたいなインターネッツですね

逆にクソじゃないインターネッツってどこ

君はサドルにはなれない。

遥か昔、黄色い帽子を頭に乗せテクテクと歩いていた頃。あのとき僕はどうやら小説家になりたかったようである。それからしばらくしてブレザーに似合わぬネクタイを締めるようになった頃、段々と小説家でなくともいいから何かすごいことをした人になりたいと、妄想をぼやかすようになっていった。今度はリクルートスーツを着て、少しだけ似合うようになったネクタイがその窮屈さを失っていったとき、僕は大企業に勤めたいと言うようになった。ベンチャー企業に入り、初めて後輩ができた頃の僕は自転車のサドルになりたかった。そして今、僕がなりたいものは橋本環奈だ。橋本環奈になりたい。

結局なりたかったものには一つもなれてない。橋本環奈にはこれからなるつもりであるから断言は出来ないが、こう振り返ってみると鼻水たらして遊んでた頃の小説家になりたいという夢が一番現実と理想のいいバランスを取ってるように思える。次点でサドルだろう。
若者、特に学生諸君。人生はそういうものなのだ。もし君がどんなにサドルになりたくても、きっと僕のようにその夢をあきらめることになる。サドルにはなれない。これは僕がこの負け続けの短い人生で得た真理のひとつと言える。
しかし勘違いしないで欲しいのは、僕の今のところは決して諦観ばかりの人生ではない。大企業に勤めることは出来なくとも、大企業にはなれるんじゃないかって思っている。橋本環奈の座るサドルにはなれなくとも、橋本環奈にはなれるんじゃないかと思っている。わかるかい?疲れてるんだよ、大人は。

グローバルな人材になりたいとか、リーダーシップを発揮していきたいとか、とてもいい。大変結構なことだ。どんどんやっていってほしい。だが一つだけ言っておこう。君はサドルにはなれない。
僕も昔はそんなようなことを口走ってしまったことがある。自分はやれば出来る子だと、他の人より才能も努力も地頭も並外れている人間なんだと思い込んでいた、思い込もうとしていた時期もあった。それでも、僕はサドルになれなかった。
今でも僕は僕の才能自体は疑ってはいない。まだ、やれば出来ると信じてさえいる。しかし事実として、僕はサドルになりきる努力を仕切れなかったのだ。

もし君がこの文を読んでさえも夢を抱き、そして夢を見続けるというのなら僕は止めない。けれど、長く続く旅路の供に、サドルになれなかった一人の人間を覚えていてほしい。

願わくば、君に幸あれ。君がサドルに一歩でも近づくことを、サドルになれなかった僕は祈っている。