ここはクソみたいなインターネッツですね

逆にクソじゃないインターネッツってどこ

大学で出会った女の子とアムウェイの思い出

このマークを知っているだろうか。ネットワークビジネス、マルチ、ネズミ講、正誤はともかく色々な呼ばれ方をしているアムウェイ。僕は決して参加したことはないし、参加するつもりもない。うさんくさい。アホらしい。僕はそう思う。

けれども、知り合いからネットワークビジネスのような話を持ちかけられた時は必ず、彼らの話を一度は聞いてみることにしている。

僕は今までアムウェイの勧誘を数回受けている。中学校の同級生に急に誘われカフェで2時間語られたり、友達の家にゲームをしに行ったら急にその話になったり、様々なパターンがあった。

その中で一番記憶に残っていて、「下手したら僕は入っていたかもしれないな」と思うパターンが一つある。

「可愛い女の子の家に行ったら全てのものにamwayロゴがついていたけれど一切勧誘も良い雰囲気もなかった時」

だ。この時ばかりは自分から言いだしそうになった。

その話をしたい。

出会いとアムウェイの戦慄

彼女と最初に出会ったのは新入生歓迎コンパだった。あれは確か僕が三年生の頃。飲み屋を貸し切って百人以上の新入生を招き入れ、気に入ったら是非我がサークルに入ってくれと勧誘をしていた。当時僕はサークルの代表とはいかないまでもそれなりの役職についており、新入生が変なのに絡まれたりしないよう監視する役目を担っていた。

その日は何かとトラブルが多かったのを覚えている。未成年宣言をした子がお酒を飲もうとして必死で止めたり、飲みの場に不審な注射器が落ちていたり、聞き込みからその持ち主を特定しようとしたり。特定した注射器の持ち主はどうやら新入生の一人ということがわかった。持病かなんかで、治療のために使ったのならいいのだが、オヨヨなものを打ってたらマズイよなぁということで僕が彼に話を聞くことにした。

彼は、泥酔しているのかキマっているのかは分からないが酩酊状態にあり、他の新入生の女の子に悪絡みをしているところだった。結論から言えば彼は打った薬については明言を避けたがどうやら正当でないものであることを匂わせたので、僕は追い出す決断をした。放置されていた注射器も適当な缶に入れて捨て、とりあえず致命的な事態を招かずには済んだと言える。 さて、突然彼を呼びつけ引っ張っていってしまったわけであるから、悪絡みをされていたにせよ女の子の方にも一言声をかけておかなければならない。満更でもなかったのかもしれないし、悪いことしたなあという意識もある。

そこで僕は「さっきは勝手に彼連れてっちゃってゴメンね」と彼女に声をかけた。

「うざかったので助かりました。なんかクスリをやってる、君もやってみない?みたいなこと言われて面倒でした。」

そこで僕は彼女の顔を初めてちゃんと見たのだが、なんというかこう、動物的でとても可愛らしい子だった。ぶっちゃけ一目惚れに近い。そこから僕はもう、先輩であるというアドバンテージを最大限に利用して「大丈夫だった?実はさっきアイツ追い出してきたんだよね」というような切り口で彼女に急接近していった。 しばらくして彼女が「人がたくさんいて疲れた」と言い出したので、僕はサークルの仕事を放り出して彼女を駅まで送ることにした。道中の駆け引きが功を奏したのか、またお酒の力も多少借りることで僕は彼女の手を握ることに成功し、駅まで連れていった。

「うち、ここから近いから歩けるんです。一緒にうちまで来ませんか」

というセリフを聞いた時には正直ブレイクダンスでもしてやろうかというくらい嬉しかった。まあ大学生の間ではこんなことはよくあることで、この子がたまたま話の早い子でちょっとラッキーだなあというくらいの話だ。 顔がタイプ、大学の近くで一人暮らし、話もつまらないわけではない、それなりに積極的、とくると非常に好条件の物件。いや、物件なんて呼び方は失礼だ。彼女こそが運命の人で、一生尽くすべき相手で、信奉すべき女神そのものなんじゃないかと僕は思った。性に支配された頭の悪い学生の思考なんてこんなもので、それは確かに愛になり得る思いだった。二人で白線の上しか歩いてはいけないゲームなんかをしながら、ウキウキ彼女の家まで歩いて行った。

家に着いてまず気付いたのは、おそらくここはそれなりに高級なマンションであるということ。駅近、オートロック、外観からかなりの築浅であることも伺えた。親御さんがお金持ちなんだなあ、と思いはしたが当時はあまり気にしていなかった。

「上がって」

と言われて入った部屋は僕の想像よりずっと広く、女の子らしく綺麗に整頓されていた。僕は、彼女が淹れてくれたお茶を飲みながらこの後のことを想像していた。

僕はここに泊まるのだろうか。泊まるとしたらお風呂を貸してもらえないだろうか。僕らは今夜このままセックスをするのだろうか。サークルの飲みに戻らないと後で怒られるんじゃないだろうか。この子はどこまで考えて僕を部屋に入れたのだろうか。少し酔った僕の頭のなかでは、色々な思いがグルグルと回っていた。

「自分が汗臭い。シャワー貸して」

シャワーを浴びながらも考えてみたが、結局イマイチ彼女の意思がわからない。しかしこのままなんやかんや彼女と寝てしまうと、注射器の事件以上にサークルを揺るがしてしまうことになってしまうのではないだろうか。そんな思いをうまく消化できないまま風呂を出ると、彼女はタオルと新しい歯ブラシを脱衣所に用意してくれていた。この歯ブラシというのが僕にとって重要な問題だった。これは僕の口が臭いから置いているのか、それとも泊まって良いという意思表示なのか、ただシャワーを浴びたら歯は磨くだろうという彼女の中の習慣からきたものなのか。僕は思い切って、彼女に意図を問おうとした。

「私もお風呂はいる。服はファブリーズしといたから、乾くまで裸でゴロゴロして待ってて。」

彼女はそう言って脱衣所に入ってきた。ラノベの難聴系主人公だったらまだ決意を固める段階ではないのかもしれない。しかし性欲と自分自身の心にどこまでも忠実であった僕は、流石にこの時点で全てを確信し理解した。

「本当に裸でゴロゴロしてる。男が着れそうなTシャツなんてないから、そのままで。」

シャワーを終えて出てきた彼女は、ラフなtシャツにボクサータイプのパンツをはいた姿だった。あまりにカジュアルというかラフな格好をしていたため、僕はもしかして彼女と長年付き合ってきたりしているのかと勘違いさえしてしまいそうだった。なんとか正気を取り戻し、目のやり場と手持ち無沙汰感の解消を求め歯磨きをすることにした。

僕はそこで、遂に「amway」の文字を目にすることになる。

警戒と興奮と肩透かし

洗面台に陣取り、いざ、と手を伸ばした歯ブラシと歯磨き粉。その両方に「amway」の文字があった。よく見れば化粧水、ちょっとした小物の全てにそのマークがある。正直鳥肌がブワッと湧き出て、確かに戦慄が走った。

僕は当時既に数名からamwayの勧誘を受けており、友人関係を壊さない程度に全てなあなあにして避けてきた。しかしこの状況はどうだろう。 仮に僕が今彼女からセックスとamwayのお誘いを同時に頂いたとしたら、断るなんてことができるであろうか。いや、できるはずもない。僕はその二つの誘いを別個のものとして捉えるほど愚図ではないし、彼女の魅力に打ち勝つ程の決意を持てるわけもない。しかしamwayにいい噂は聞かない。そもそも僕にはamwayを拡散するほどの友達もおらず、バカスカ商品を買う金もない。

どうしよう。ヤりたい、でもamwayはヤりたくない。

もう僕はこの時点で既にどうしようもなかった。僕はどうしようもなく彼女に魅力を感じていたし、このイケそうな状況をむさむざ打ち捨てるには僕の天秤はあまりにも正直であり、そしてそもそも恋というものは時に人を死なす程のものなのだ。

「この歯磨き粉、amwayなんだ。amwayやってるの?」

僕は敢えて地雷を踏み抜くことにした。今思えば、少しでも'相手に騙されている感'を減らし立場を対等にさせようとした為の一手なのかもしれない。いや、単純にさっさと話を済ませてすぐ至りたかったのかもしれないけれど。何にせよ僕の経験上、amway信者に対し少しでもamwayに興味があるようなそぶりを見せると必ず勧誘してくる。それはもう水を置いておけば蒸発してしまうのと同じように、自然の摂理とも言えるほど必然なのだ。当然、今回もそのようになって然るべきだ。

「・・・」

驚くべきことに、彼女の返答は無かった。むしろあまり触れて欲しくないような表情で、正に'聞かなかったことにした'のだ。これには僕も驚いた。牽制に繰り出した先制ストレートパンチを完全にスカったわけだ。

「歯ブラシありがとう。ここに置いておくからあとで捨てちゃって。」

動揺する心を見透かされないよう、何事もなかったかのように彼女の横に座る。

「歯ブラシ置いといていいよ。捨てないでとっておくよ。」

彼女はそういうと、お酒がまわってきたとベッドに入ってしまった。

裸でリビングに佇むぼく

しばらくパンツ一枚でリビングに座っていたが、彼女の寝息が聞こえ始めた頃ようやく僕は服を着た。そう、結局その日はなにもなかったのだった。LINEのIDとシャワーを貸してくれたことに対する感謝の言葉を書いたメモをテーブルに置き、ダイニングにあった鍵を持って僕は部屋を出た。鍵をかけ郵便受けに入れておくあたりで何やら違う世界に迷い込んだような感覚があったのをよく覚えている。酔いも醒め、僕はサークルの友達に連絡を入れ飲みに合流しようとした。マンションを出て少し歩いていると、さっきまで寝ていたはずの彼女からLINEが届いた。

「行っちゃったの。ありがとう」

僕はなんと返信すればいいかわからないうちに既読をつけてしまい、そして今この瞬間彼女の部屋まで戻るという選択肢を失ったことに気が付いた。

「飲み会にいってくるね、一応幹事なので」

と返信をしたものの、なんだか飲み会の喧騒に巻き込まれたらこの不思議な世界から現実に引き戻されてしまうような気がして、僕はとぼとぼと一人で家に帰った。

果たしてあの時僕がamwayに入会していれば彼女と何かしらの関係を築いていたのだろうか。多少のお金と友人を生贄にすれば、幾ばくかの可能性を掴めていたのだろうか。

今となってはわからないけれど、僕はあのとき、間違いなく人生で一番amwayに近付いたことだけは確かだ。

だからこそ僕は、古い友人からFacebookのメッセージを貰うときは大抵いつもこのことを思い出す。

そしてあの変な感覚を、別世界のときめきと似たあの不思議な経験をまたできるのではないかと信じて、僕はいくらかの期待を込めた足取りで彼らの話を聞きにジョナサンへ向かうのだ。