ここはクソみたいなインターネッツですね

逆にクソじゃないインターネッツってどこ

アーリータイムズ

僕は今、フレックス制度を利用して早帰りをしている。嬉しい。早帰りといってもそこまで早いわけでもない。コアタイムが10-16時と決められていて、そして僕の家と会社は遠い。どれだけ急いでも帰宅出来るのは結局18〜19時になってしまう。それでも、普段0時くらいに帰っているのを考えれば十分に嬉しい。 体調が優れない為やむを得ずとった強行ではあるが、僕は今嬉しいのだ。

イイ話

昨日友人が言っていた。お金は高いところから低いところに流してしかるべきで、低いところから高いところに流すのはヤクザのシステムだと。そしてこれは優しさや余裕においても同じことだと。なるほど言い得て妙である。そう言われるとそんなような気がしてくる。もしかすると、早帰りをしたことで僕も余裕を感じているのかもしれない。バラバラに座ろうとする親子に席を譲ることが普段よりスムーズに出来た気がする。

余裕のあるやつが余裕のないやつを助ければいいんじゃない?と彼は言った。素晴らしい考えだ。僕も本当にそう思う。僕自身もそうありたいと思うし、人にもそうで居てほしいと思う。できれば、余裕のある側でありたい。

これを書きながら昨日の友人との会話をだんだん思い出してきた。確か僕らはそのイイ話の前に、お互いにブチ切れたことがあったよねという話をしていたんだ。こんなにイイ話ができる人間でも、やはり余裕がないと怒ったりしてしまうことはあるのだ。10年近く付き合った友人らが、お互いにムカついた話をした後で大人みたいな話をする。とても人間らしくて気に入っている。素直で素朴で素敵な話の流れだった。

大学生の頃、別の友人と似たような話をしたことがある。その友人と僕はバンドを組んでいた。彼は非常に時間に寛容だった。バンド練習の際に誰かが遅刻をしてきても、本当に何とも思わず仕切り直すことができる人間だった。そして彼は他人に対してと同様に、自分の時間にもあまり執着をしていなかった。僕の知らないところではあるが、彼自身が何かの待ち合わせに遅刻することが少なからずあったようだ。ある日彼は何の気なしにこう言った。

遅刻したら怒られるじゃん。でも、みんなが怒る意味が正直あんまりわからないんだ。

僕は彼の言葉に共感を覚えた。僕らは二人でじっくりと、その分からなさの原因を探ることにした。おそらく何ヶ月、すくなくとも何週間かこの話題は続いた。結論を言えば、彼と僕は暇だから怒らないんじゃないかという話になった。今思えばなんて結論なんだろう。文系大学生が二人集まって真剣に議論した結果とは思えない。

でも確かに、当時僕らのカレンダーは基本的に真っ白だったし、そもそもカレンダーを埋めるものだなんてこれっぽっちも思っていなかった。だから何か面白いことがあれば飽きるまでやっていたし、納得のいかないことがあれば納得いくまで考えたり話したりした。それから好きな女の子の話なんかもずっとしていた。

他の人たちのカレンダーはきっと真っ黒になっていて、決められた時間で決められたことをやれないと他の予定に支障が出ちゃうから怒るんじゃないかな。

当たり前のことだ。そんな当たり前の結論が、当時の僕らには想像もつかない新たな発見だった。想像が出来なかったから、ゼロから仮説を立てて、こうなんじゃないか、ああなんじゃないかと今思えばよくわからない推理をしていた。

でも、その想像のつかなさが、それこそが僕らの純真だったと思うよ。今では僕らはカレンダーを"埋める"とは言わず、スケジュールを"空ける"と言うようになってしまった。なんで、いつこうなったんだろうね。自分達とは違う人のことを想像していたはずなのに、今はもう違う人ではなくなってしまったね。このことについて、また話し合いたいね。