ここはクソみたいなインターネッツですね

逆にクソじゃないインターネッツってどこ

カムパネルラとジョン・タイター

 ある友人が「向上心と覚悟の経験がある人がいい」と言った。僕はそれに対し「俺には向上心はないが覚悟はあるぜ」と何の気なしに絡んでみたのだが、その返答として友人から鋭い批判が飛んできてギクッとした。

前に進む覚悟がいいよね、マイナスの覚悟は諦めだから。

 この言葉が僕に対する批判だったのか、友人の独り言だったのかは分からない。もしかするとただ反射的に出てきた言葉なのかもしれない。しかしなんにせよ、僕はその友人について、本当に僕のことをよく理解してくれている人だと感じ入ってしまった。まさしく僕のダメなところを的確に指摘してくれていて、辛辣ながらも深く刺さる至言だ。大人になって、こんなに暴力的でありながら正しく真っ直ぐな批判を突きつけられることはない。懐かしくも新鮮な感覚だ。

 友人の言う通り、僕は前に進めていない。いつからか歳を表す数字に置き去りにされて、果たして時間が進んでいるのかはたまた僕が戻っているのかさえわからなくなった。

 昔、腰を痛めていた頃、僕は痛みから足を引きずって歩いていた。そしていま、僕はまた別の怪我により足を引きずっている。よりによってそんなところまで過去に戻らなくてもいいのにね、気の利かない舞台設定だ。かと思えば、聞くところによると世間では宇宙旅行なんていう夢物語が現実として受け入れられ始めているらしい。進めずに戻りつづけてきた僕は、どうやら思ったよりもずっと未来に来てしまったようだ。その友人はどうなんだろうか。僕とは違い、確かな一日を毎日過ごしているのだろうか。そう何もかもがうまくいくわけはないけれど、きっと僕よりずっと先にいるんだろうし、いてほしい。

 せっかくそんなことを言われたのだし、こんなに足もいたいのだから、僕もそろそろ生き樣を変えることにした。生き樣を変えるといっても、まずは身の回りか環境を変えるくらいの小さい変化になってしまうことはどうか君許してくれ給へ。ここが本当に宇宙にいけるような未来であるならば、僕が想像できる程度の平凡な生き樣くらい無数にあって当たり前だろう。さしあたり、僕はいま僕が最も僕を進ませないようにしていることだと感じる労働の部分を変革する。労働による暮らしの制約を一つ一つ解放していくと僕は決意した。前には進めなくとも、せめて横っ飛びくらいはしてみたいものだ。いい機会になった、至言をありがとう。