おじさんとレジン または私は如何にして大人をするのを止めて幼児退行するようになったか
私はふと、彼女を喜ばせたいと思った。次に、仕事をしたくないと思った。つまり、子供に戻りたいと思った。最後に、星か宇宙か何か大きく綺麗なものになりたいと思った。そして気がつくと、私は全裸になった。私は瞬く間に、全裸でレジンを照らすサトゥルヌスになっていた。
レジンとは、紫外線硬化性樹脂とも呼ばれ、ハンドメイドのアクセサリー制作などでよく使われる素材である。UVライトに当てると硬くなるジェルのような液体で、扱いやすく価格も手頃であることから、小中学生女児の間に例年各地でブームが起きていたりする。100均で手に入るため一般的な入手難易度は非常に低いと思われるが、私の場合「レジンっていうものありますか?ください、もの作れるやつで、レジン。こう、多分グニュっとした手作り系のあれです。」と詰め寄るムーブにより店員にかなり引かれた。客観的にこの事実を捉えると、必ずしも誰もが容易に手に入れられるとは言えないかもしれない、と結論できる。「娘に頼まれて」というお父さんですよパターンの雰囲気を醸し出そうと思ったのだが、うまくいかなかった。こんなにアレな感じのやつにも娘がいるのか、とまた別の意味で引かれた感じもあったので失敗を重ねただけだったかもしれない。仕事も人生も、ただの買い物でさえ、うまくいかない事ばかりだった。
レジンなど使ったことはなかった。でもそれがよかった。星をつくったことがないように、宇宙をつくったことがないように、レジンを使ったことがないということはふさわしいことだと思った。
商品を持って家に帰り、まず私はタバコを吸った。レジンのパッケージには火気厳禁と書いてある。しかし私はまだ子供になっていないので、今のところおじさんである。何をするにも一息入れないと動き出せない。わかってほしい。私はもうそういった世界観で生きていないのである。わかってほしい、わかってほしい、と呟きながら私は全裸になった。大人としての一服に別れを告げ、ついに子供に戻ることに成功したのだ。ちなみにレジンは地肌に触れるとアレルギー反応を起こすことがあるので全裸では扱わないほうが良い。
私は綺麗なものになり、子供に戻り、仕事をせず、彼女を喜ばせることにした。
試しに型に液を流し込んでライトで照らしてみる。
seriaで買ったUVライトを当てると、すぐに固まる。
量が多すぎたのか、形が歪になってうまくいかない。
今度はいろいろな色を混ぜたり、貝殻のラメのようなものを混ぜてみた。
着色料を混ぜたことで硬化する力が下がったのか、折れた。
そうして、私は、幾度となく失敗を繰り返し、ようやく綺麗なものを作った。
私は星を作り、宇宙をつくった。
しかし、私は子供にはなりきれていなかった。
これで彼女を喜ばせることができるのであろうか。いや、できるはずはない。星になり、宇宙になり、大きく綺麗なものになりたいのは私であって、彼女ではないからである。私は、このことに気がつけないほど子供にはなりきれなく、そして星や宇宙になりたいという思いの前には、彼女を喜ばせたいという願いがあった。
では、彼女が好きな物はなんだろうと思った。
私は、おにぎりだと思った。
ついでに、たくあんがあればもっといいと思った。
ドライバーで無理やりボールチェーンを通された気泡まみれの不格好なおにぎりとたくあんは、となりあうとこの世で一番綺麗な夜食となった。少なくとも私には、それが彼女のもっとも好きな物だと思えた。
結局のところ、私にとっての宇宙と星は、このおにぎりとたくあんだった。