ここはクソみたいなインターネッツですね

逆にクソじゃないインターネッツってどこ

ほうっておけない

2023年はひどい年だった。それなりの数が重なってしまったこれまでの年の中で、最も嫌な時期の一つだった。 冬から春にかけ、これからの人生をずっと共に歩いていくんだろうと思っていた人とはもう一緒にいられなくなり、酒を飲んで日々を早送りすることが増えた。梅雨には、飼っていた小鳥がある朝冷たくなっていた。今もずっと、鳥小屋の掃除をしないといけないな、というチクリとした感情が頭と心の片隅にある。夏は仕事上のトラブルや人間関係から眠れない夜が増え、ようやく眠れた時には虫に刺され歯が抜ける夢から汗だくの状態で目が覚める。医者からは睡眠導入剤抗うつ剤を処方され、冬に受けた血液検査では胆のうと肝臓の数値に異常があると言われる。こんなにたくさんの薬を飲んでいるのだから、肝臓がつかれるのは当たり前のことに聞こえる。マッチポンプにしてももう少し不安をあおらない形でやってほしいと思った。薬剤師によると、どうやら僕が飲んでいる睡眠導入剤の副作用には悪夢があるらしい。それは今年の中で唯一腑に落ちたというか、納得ができた事柄だったかもしれない。結局、いつもやりもしない、年末の大掃除でどうにかしようと思っていた鳥小屋は今もまだ手付かずのままになっている。

2024年はいい年になるといい、そう神頼みでもしようかと元旦に詣でた神社のおみくじは小吉だった。地元の消防隊員らが列の整理をする神社の社務所、その行列の先に100円のおみくじと200円のおみくじがあった。お賽銭の五円玉を取り出す際にいくつか百円玉の存在を確認したこと、そして2023年はひどい年だったことが頭に浮かび、僕はとっさに200円のおみくじを選んだ。200円のおみくじには、神使をかたどった小さなお守りがついてきた。僕には、100円分の価値として付録された金の小さなカエルのお守りが、僕が200円の高いおみくじを選んだこと、もう少し言えば、100円の安いおみくじを選ばなかったことを象徴しているようにも思えた。

今日、ガスコンロの電池が切れそうだというランプがついていたので、医者の帰りに電池を買うことにした。必要なものは単一か単二の、いつもなかなか使わない規格の電池であったことはうっすらと覚えていた。実際に陳列されている電池の大きさと、記憶の中にあるガスコンロの電池入れの大きさを比べようと考えていたが、電池がレジ前に陳列されていたせいで、ほかの客の並びが気になってゆっくり記憶をたどることができなかった。急かされるような思いをして、なんとなく手に取りやすい単二電池を選んだ。医者と買い物という二つの目的を一度の外出で達成できた、そういう類の満足感を胸に帰宅する途中、やはり単二電池はどうも小さいような気がしてきてしまい、結局は単一電池も買って帰った。

心理的安全、コミュニケーションの複雑性、期待値のコントロール

id:konifarさんの記事を見て、よく分かるなあと思ったので共感している思いと自分なりの解釈を書く。記事は以下。

https://konifar-zatsu.hatenadiary.jp/entry/2021/11/09/152137

会社という範囲で言うと、経営側は社員や従業員へ説明責任を果たす必要がある。これは労働者の不意の離職防止や円滑な業務遂行を促進するという企業にとってのメリットからの側面と、そもそも企業というものは営利目的を前提としつつ計画に基づいて経済活動をしていくものであるから、当然その計画の説明は十分にすべきであるという論理からそう考えている。加えていえば、企業は一定の社会的責任を負うものであり、労働者への責任は殊更重い。労働基準法における労働者への不利益変更や解雇の予告条文を見てもその重さが読み取れるが、俗に言う説明責任というのもこの責任のうちに含まれるものであり、義務といっても過言ではない責任であると解釈している。

言うまでもなく、まともな経営陣であれば労働者には納得感を持ってパフォーマンス高く働いてもらいたいと考える。だからこそなるべく齟齬なく説明を果たそうとするし、欲を言えば労働者にも目標や理念やビジョンの推進、もう一歩引いて共感、さらに一歩引いて認識だけはしてもらおうとする。しかしながら冒頭で挙げた記事にもあるように、説明している側としても絶対的な自信を持って方針や理念等を説明出来ているわけではないこともある、というかむしろ明確な正解があるシーンの方が少ないと思う。未来の不確実性と向き合うために、こうしていきたい、こうしたらいいと思う、というような不確実な方針を、できる限りの議論や熱量をふりかけて確からしく発信するのが精一杯というのが実情であったりする。

この不確実性・不安定性を前提として、それでも経営陣がなるべく正確に思いと理論を伝えようとする。しかしやはり結局のところ人間同士どこまでいっても完全には分かり合えないという問題は残ってしまう。そんな中で重要になるのが信頼関係、心理的安全であると思う。経営陣から労働者に対する「彼らならわかってくれる、良い方に向かってくれる」という信頼もあるし、従業員が経営陣に対し「あの人なら大丈夫」という信頼もある。いずれにせよいつかは信頼関係による踏ん張りの有無が大きく状況を左右する瞬間が来る。

信頼関係、心理的安全性があることで危機を回避出来る可能性が少しでも高まる。そのためには労働者同士や労働者と経営陣、さらにいえば経営陣内での相互理解が必要であるため、一方的な説明以外のコミュニケーション方法も設計しておいた方が良いのは言うまでもない。人事評価や目標設計で賄っている企業があったり、採用部分で厚めにフォローしている企業があったり、ランチを推奨している企業があったり、狙ってのものかどうかは置いておいてタバコミュニケーションがその担保をしている企業もあったりする。そういったコミュニケーションの中で難しいのは、互いの期待値コントロールに失敗してしまうと状況がより悪化してしまう可能性がある点だと思う。コミュニケーションにも正解はなく、過剰に自分を大きく見せてしまうと逆に大きな失望を生んでしまう可能性があるし、パワハラだのモラハラだの悪質なコミュニケーションをして信頼関係を構築する以前の問題も発生しうる。コミュニケーションの複雑性はただフォーマットを決めたり、頻度を増やすだけでサッパリ解決できるようなものではない。やらないよりマシ、とおもえることを手探りでやっていくしかない。

コミュニケーションの複雑性を踏まえた上で、では経営陣が労働者に対して「完璧なものが出ているわけではない。自分も一緒になって作り上げるんだ、という温かい目で説明を受けろ」と期待するのかというと、そうしてもらえると非常に助かるだろうとは思いはあれ、やはり過度な要求に思える。同じく労働者が経営陣に対し「私が納得する完璧な方針を出してください」というのも、労働者をしていた経験から言えば一定の正当性を感じるものの、やはり完璧を求めてしまうのは過度な要求に感じる。結局どうしてもお互いわからなさから認識の余白部分は生まれてしまうもので、その余白を期待値のコントロールをした上での好意的な解釈で埋められるよう、良い関係を構築していく以外に道はないと思う。

これまでの経験上、そういった信頼関係を構築するのは仕事の中でも相当に難しいことだと感じる。単純に仲良しになれば一定の信頼が得られるかと言えばそうでもない場合もあるし、かといって無機質に付き合っていては早々に限界がくる。人によって接し方を変えた方が良い場合もあれば八方美人になってしまって謎の関係が作られるだけの場合もある。人を減点方式で判断する人もいれば、加点方式で判断する人もいる。その特質にさえも、役に立つシーンと損をしてしまうシーンがある。デコボコのままゴツゴツとしたコミュニケーションをとることで改善することも、角をとったなめらかなコミュニケーションでしか解決できないこともある。

冒頭の記事で「ゆるい信頼」という言葉を見た時、それが出来たら本当にいいなあと共感するとともに、ゆるいと言えどもそれは簡単には得られない、むしろとても複雑で難しいことに挑んでいかなければ作られないものだから、これからも頑張ってやっていかないとなあと改めて思った。そんなに大変なんだから、全部投げ出して沖縄に住みたくなることだってあるよな、でも難しいことだけど、本質的につまらないことではないよな、ということまで思った。

極楽ももう午に近くなったのでございましょう

人の群れが酒を求めて荒川を渡っているという。なんとも動物的なように見えるこの行動も、実際のところストレスに対する正常な反応だと言える。衛生の分野では、ストレスに対する能動的な対処行為、または反応を「コーピング」と呼ぶ。コーピングの中にも種類があり、ストレスの元となる問題を解決するよう動く対処のことを問題焦点型コーピング、物事の受け取り方を変えたり気晴らしをして感情のコントロールを試みることを情動焦点型コーピングと呼ぶ。彼らの場合はもちろん後者で、情動焦点型、さらに言えば気晴らし型のコーピングを実践しようとしているのだと思われる。手段が飲酒や交流だというのはご時世にそぐわないものの、その目的がストレスから自分を守ることであるとすれば、彼らなりの辛い思いや背景もあるのだろうと考えてしまう。もちろん彼らのせいで怖い思いや辛い思いをする方もいるかもしれないから倫理的に正しいとは言えない。しかし、彼らは彼らでそんな行動をとってしまうくらいに限界なのかもしれない。埼玉や神奈川でお酒が飲めるという希望は蜘蛛の糸のようなもので、そこに群がる思いは存外切実なのかもしれない。擁護する気はないが、もう彼らは向こう岸に着いてしまっただろうからせめて、おしとやかにたらふく酒を飲んで、速やかにいい気持ちになって、幸福な明日を生きられますように。

このご時世になって知ったのは、大体のものは0か100かでは動けないということ。全員外出禁止、仕事は全てリモート、電車も止める、というような極論を叫んでいる人もいる。現実的には、「そうはいっても」という折衷案というか、ある程度妥協した方針にまとまることがほとんどだ。実際、政治や社会というものはとても複雑で考慮すべきことが多すぎるし、向かうべき最大多数の最大幸福とは果たして何なのかを探るのさえ難しい現状がある。社会人病というか、論理的な能力が求められる仕事をしていると、何にでもすぐに結論を導き出そうとしてしまう癖がつく。網羅的に全てのことを解決したり一気にV字回復へ進もうとするその姿勢は、ビジネスでは大いに役立つ能力であったりする。けれども人間が複雑に絡み合う場ではその方法が最高の解決法であることは少ない。そもそも結論が出せないとか、なんとなくの結論を出してしまうことで逆に行動が取れなくなることもある。正論で人は救えない、という揶揄いがあるように、正解のないことを手探りでやっていかなければならない場面もあるということなのだろう。実際、完璧な計画を立てたとしても全てを計画通り、システマチックに進めていくとこは非常に難しい。システム開発の現場でもよくある話で、当初のアイディアから紆余曲折あって、当初期待していたところとは別の地点にたどり着いたりして、しかしそれでもそれなりに価値が生まれ始めてしまったりして、まあこれはこれでいいかという共通認識が生まれたりする。オリンピックやGoToキャンペーンなど、それ今やる必要ある?と脊髄反射で言いたくなるようなこともきっとこんなように、そうはいっても、という力学が裏側で働いているんだろう。

最近よく話す友人は、散漫な話をする。喋り出しはそれまでの話に関連が強そうなトピックを話し出すが、しかしだんだんと違う話になっていき、最後の方には今何を話しているのか自分でも見失っていたりする。結論よりもむしろ過程の部分を話していて、私や他の友人の意見が聞きたかったり、一石を投じたかったりしている様子だ。こういった会話はコストが高いから、面倒に思う人もいるかもしれない。しかし、私はそれはそれでいいというか、そういった会話も好きだな、と思う。いろいろな話が聞ける分、話していてとても楽しいし、自分の中で正解を持っているわけではなく本当に一緒に考えていきたいんだな、と前向きに話を聞く気が出たりもする。仕事の話ではないから、そんなような散漫な話はむしろ癒しになるし、そういった話し方ができる友人がいることは幸せなことである。この人はこの話がしたくて、話相手を探していたんだろうな、と思うと微笑ましく思う。ちゃんと論理的思考を働かせれば彼の話をまとめてリードすることもできるのかもしれないが、私が本当に興味があるのは彼の話というより彼の感情や性格の部分なので、話が多少脱線したところでなるべく止めないようした方が会話を楽しめると最近気づき始めた。そして、表出している問題は実際には大したことではなくて、その感情や性格こそが実は本質であったりするから、結果的に見るとコミュニケーションの効率が悪いかというと実際そうでもない気がする。傾聴、というほど高尚なものではないが、その人とより楽しくコミュニケーションができるようになる作法のようなものはきっとあって、それを知ることで会話が増え、好きになれる人が増えるのであればそれはとても良さそうだ。これからもいろいろな人と話して、学んでいきたい。

令和2年、自殺者をみる。若きウェルテルと月曜

ここ最近、不登校・ひきこもり・生活困窮者など困難を抱える人々にかかわるNPOを探している。そこで働くのでも、寄付をするのでも、ボランティアするのでもなんでもいいが、なにかしらをしたい。自分で立ち上げても良いが、友達がいないので10人の理事を集められない。NPOを探し始めた明確なきっかけはない。思いと行動だけがある。

私は社会学部出身であるから、まずは社会を知ろうとすることから始めなければならないと考える。困難を明確に抱えていたであろう人、つまり自殺をした人のデータを見る。特にこの2020年、私たちはたくさんの困難を抱えたはずであるから。

自殺者数の動向

2020年、令和2年はコロナウィルス一色の年だった。今年の漢字には「密」、流行語大賞には「3密」が選ばれ、2011年東日本大震災における「原子力緊急事態宣言」以来となる緊急事態宣言が発令された。経済面では、日経平均株価が一時1万6000円台まで落ち込み、しかし年末には2万7000円台まで上昇するなど異常とも呼べる大きな変動があった。生活面では、飲食店の営業自粛要請、新しい生活様式の提示によって常に新型コロナウィルスを意識せざるをえない状況があった。罹患者を自称し咳をした男性が威力業務妨害の罪に問われる事件、県外ナンバーの車に過剰な嫌がらせが行われる事件、罹患者を出した家庭が村八分にされる、またはそれを恐れた肉親から「帰ってくるな」と言われるなどの話題もSNSで注目を集めた。

コロナウィルスは個々人の日々の暮らしや健康状態・精神状態にも少なくない影響を与えた。2009年以来自殺者は減少傾向にあったが、2020年では11年ぶりに増加傾向となった。

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男女別で見ると、男性14,055名、女性7,026名と引き続き男性の自殺者が女性の2倍程度見られる傾向は続いている。男性の自殺者数は数の上では11年連続の減少傾向となり、女性は2年ぶりに増加傾向となった。一方で、人口10万人当たりの自殺者数では男女ともに増加傾向となる。つまり、男性の自殺も決して減っているわけではない。

直近2年と月別で比較すると、2020年は年の後半、7月以降の自殺者数が特に多い傾向が見られる。

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判明している範囲での動機は、健康問題が10,195、経済・生活問題3,216、家庭問題3,128と引き続きこれら3分類が数値的には大きい。注意したいのは、自殺は様々な要因が絡み合って行われるものであるので、実際のところこの分類にさほど大きな意味はない点である。経済・生活問題から精神に不調をきたしうつ病となればそれは健康問題ともなる。数値は現象としての自殺を捉えることに役立つが、行為としての自殺を知ることにはつながらない。

関連し得るデータとして、帝国データバンクによる企業の倒産数を挙げる。

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東京商工リサーチに依る休廃業・解散数は以下となる。

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倒産件数は減少しているが、休廃業・解散数は増加しており、東京商工リサーチ 2020年「休廃業・解散企業」動向調査によれば合計12万6,550人(前年比26.4%増)の人間が休廃業・解散の影響を受けたという。前年比から見て、これはとても大きな増加と言える。

参考・データ引用

話題としての死

2020年は著名人が亡くなるニュースも注目を集めた。コロナで亡くなった方々として、3月に志村けんさん、4月に岡江久美子さん、同じく4月に岡本行夫さん。自殺と報道された方として、7月に三浦春馬さん、9月に芦名星さん、同じく9月に竹内結子さん。

連日のニュース番組で統計的なコロナの犠牲者数が取り上げられていたのは言うまでもないが、特に著名人の方々が亡くなられた際にはそれ以上に大きな注目を集めた。テレビでは速報が流れ、SNSではトレンド入りし、「死」が少なくとも例年以上に話題となった年であるといえる。

先ほど挙げた月別自殺者数のグラフを再掲する。前半6月までは例年よりむしろ自殺者数が少ない状態で維持されていること、三浦春馬さんの自殺報道がなされた7月以降の自殺者数が顕著に増加していることに注目したい。

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これがいわゆるウェルテル効果による増加なのかは不明であるが、2名が亡くなられた9月以降、特に10月の増加数も顕著である。少なくとも連日の自殺報道が人々の心に幾らかの影を落としたであろうことは想像に難くない。

次に、人々の生活状況の変化をみる。月毎の休廃業・解散企業数を挙げる。

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まず5月の倒産数が少ないことに目がいく。次に、6,7月に倒産した企業が多いことは読み取れるが、自殺者数との有意な関連があるかどうかは読み取れない。

社会的情勢でいえば、2020年6,7月頃というのは様々な制限が解除され始めた頃だった。2020年4月7日に東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡に緊急事態宣言が出された。4月16日に全国が対象となり、5月14日に39県が解除、5月25日に全国解除となった。6月には全国の移動制限が解除された。首都である東京都のみに焦点をあててもおおよそ同様の流れとなっている。6月以降休業要請の緩和を始め、6月後半には休業要請全面解除。その他、GoToトラベルキャンペーンが7月から東京以外で開始された。

自殺者は数値では考えられない

自殺者は数値では考えられないし、どれだけ考えたところでわかることでもない。自殺と報道された著名人の方々がなぜその行為に至ったのか、それは本人にしか分からない。あるいは、本人ですら分からないのかもしれない。そのため、上記データと事実から個人の死や思いについて何かしらの結論を出すことはしない。よって、個人的な推論までに止める。

過去34,000人もいた自殺者が20,000人に減っているという数値は一見素晴らしいことのように思える。実際、2020年の自殺者は私の想像より少なかった。肌で感じた世間的雰囲気の陰鬱さから想像するに、数としての自殺者は40,000か、もっと増えていると思っていた。それがむしろ10年前,11年前より遥かに減っているというのだから、当時に比べて世間は多少なりとも明るくなったということだろうか。それとも、10年前11年前にも確かに横たわっていたはずの陰鬱さを、ただ私が忘れてしまっているのか。それは分からないし、当時の亡くなられた方の切実な思いと2020年に亡くなられた方の切実な思いの違いも、証明のしようが無い。しかし、20,000の遺体が焼かれ、20,000の穴が掘られ、20,000の墓石が建てられるのだとしたら、それを思ったより少なくてよかった、ということは私にはできない。

思いの外倒産件数は少ない。休廃業が増えていることについては、4,5月の緊急事態宣言を乗り越えたものの、経済の復活を待てるほど体力のなかった企業が一斉に休廃業したとも読み取れる。しかし一方で、黒字のまま休廃業を選択した企業も半数以上あるというデータもある。この事実と当時のGoToトラベルに対する批判やワクチン実用化タイミングが未定だった状況を鑑みるに、すぐさまコロナの収束がなされるという確信を持てた経営者は少なかったようだ。緊急事態宣言の解除、という希望を持って4,5月を耐えた人々が、あやふやな雰囲気のままカタルシスなく解除されたことに落胆を覚えたのか。それとも4月から7月までの3ヶ月という期間が、多くの人々にとって孤独に耐えられる精一杯の期間であったのか。ウェルテル効果による「自殺の流行」という現象が当時起こっていたのかは分からないが、未だ暗い社会の雰囲気の中、休廃業により転職・転居を余儀なくされた人々が著名人の自殺報道を見たとすると、確かに何かしらの影響を受けることはなくもない話に思える。報道の罪であるとは言わないが、ある方向に向き直った人がその一歩を踏み出すきっかけは、決して大きなものであるとは限らないことは多くの人が知るべきことだと思う。

厚労省患者調査によれば、ここ数年、数十年の間に精神疾患の件数は大きく増えている。

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気分障害を示すオレンジ部分から読み取ると、リーマンショック東日本大震災など大きな社会変動から数年の間に人々は心を病み、またそれを自覚し始めるのだと私は推察している。コロナウィルスとその影響はどれだけの人にどのような影響を与えるのだろう。数値上での「自殺された方」の数はここ10年で確かに減ってはいるが、しかしこの精神疾患の件数を見るに「自殺者」が減っているとは思えない。つまり、福祉の手は現状十分に届いていない。現実として、行政の保護は彼らに届かない。行政が手を伸ばせない、伸ばさない範囲に手を伸ばす民間団体が、地域・社会福祉の一番底のセーフティネットを担っている、と、私は思っている。だからこそ、私は今NPOを探している。身体でも精神でも金銭でも、何かしらネットの一部になろうと、この月曜日、考えている。

羣青

我が家の文鳥は、人間が見えなくなるといつもよりずっと大きな声で呼ぶ。今まで飼ってきた他の鳥も同じように鳴いていたから、おそらく鳥類全体の習性のような物なのだろう。呼ぶ理由はよくわからない。自分自身が寂しいからなのか、本能から群れの安全確認しているのか。一つ屋根に暮らす我々を一つの群れとして捉えているのだとしたら、本人の性格からして自分こそが群れのリーダーだと認識していることだろう。であればもしかすると、あんなに小さな体でありながら、自分より大きな生き物である人間を危険から守ろうとしてくれているのかもしれない。鳥頭、という言葉があるように、鳥という生き物は特に頭がいい生き物というわけでもない。一部のオウムやヨウムなどは高度な知能を持っているとされるが、我が家の文鳥はすぐに餌を見失うし、自分から抜けた羽に驚いて木から落ちそうになることもある。我が群れのリーダーに対して失礼な発言だが、少なくとも高い知能を持っている様子はない。しかし知能と情緒は違う。頭は悪くとも、彼は確実にいろいろなことを感じているし、感情を持っている。毛の生え変わり時期には明確に機嫌が悪くなるし、安定期には甘噛みによるとても優しいコミュニケーションをとる。彼らの感情の複雑さや周期性は、もはや人間とさほど変わらない。小屋の中での退屈、群れに自分の意思が伝わらない不満、たまにもたらされる珍しい餌の楽しみ。人間で言えば、会社員がたまの休みに上司や部下の愚痴を溢しながらビールを飲むその感情、まさしくそれと同じようなものを、きっと彼らも持っている。ペットを飼うたびに思う。あんなに小さな体にも我々と同じように自我があり、愛があり、怒りがあり、恐怖があり、不安がある。離れようとすれば追いかけてくるくせに、追うと面倒そうに振り返る。攻撃されたと思えば怒り、大きな音が鳴れば驚き、地震で家が揺られれば怖がって巣に戻る。それでも彼らの生き様が少しだけ人間よりシンプルに思えるのは、自身の感情を隠すことなく表現できる彼らと、そうでない我々との違いというだけなのかもしれない。果たしてどちらが情緒的に優れた生き物、生き方なのだろうか。私にはわからない。

人間の群れの一単位である家族は、時間と状況、あるいは生活と呼ばれる位相によって様々な形をとる。株分けされた花が元株とは違う様々な色の花を咲かすことがあるように、群れから離れた人間も、元の群れと何らかの関連を保ちつつまた違う形や性質の群れをつくる。もしくは、群れをつくらない・つくれない個体もいる。私の元いた群れは、今は散り散りに、一部ははるか地平線の向こうまで移動して暮らしている。母体となる群れの個体数は当時の半数以下となってしまったというのだから、もう私が知る頃とは随分違う生活が送られているのだろう。一方で、私は今や文鳥の率いる小さな群れに入ってしまった。きっと元いた群れの彼らにとっても、私の生活はとても想像ができないものになっている。

群れの中で最も聡明で、誰もが憧れる存在だった兄は、社会という巨大な群れに馴染めているのだろうか。その賢さゆえに、辛い思いをしていないだろうか。頼られるばかりで、頼れる人がいない状況に陥っていないだろうか。群れで最も明るく活発で、芸術の天才だった姉は、うまく子供を育てられているだろうか。群れのリーダーという役割、親という役割を一人で担うその重圧に、潰れてしまってはいないだろうか。あまりに人情が厚いがゆえの苦労を、背負いすぎてしまってはいないだろうか。兄と同じく、人ばかり助けて、自分が助けられることを忘れてしまってはいないだろうか。やさしいフクロウである母は、強いオオカミのように振舞うしかなかった父を、やさしく変えられたのだろうか。そしておおかみを信じて、あの絵本とは違う幸せな結末を築いているのだろうか。誰よりも偉大なリーダーであった父は、もはやリーダーとして振舞う必要のなくなった今、ようやく手に入れた自由を楽しめているだろうか。ずっと我慢の人生を送らせてしまっていたから、楽しみ方を忘れてしまってはいないだろうか。あなたは社会や世間という巨大な他の群れから自分の群れを守り、立派に育て切った。この世で最も困難なことを達成した、この世で最も偉大なリーダーだった。これからは好きなことを好きなだけ、親という立場を忘れるほど自由に、何一つ我慢をせず生きていって欲しい。群れはあなたのことを尊敬し続けるが、しかしあなたを縛り付けることはもうしないだろうから。

元の群れに対する帰属意識はとうに薄れつつあるが、それでも自然と彼らが遠い地で良き水場を見つけていることを願っている。我ながら薄情とも取れるこの距離感は、やはり人間が文鳥ほどストレートに感情を表現できないせいで生まれたのかもしれない。それでも、彼らがずっと元気であればよいと思う。

おじさんとレジン または私は如何にして大人をするのを止めて幼児退行するようになったか

私はふと、彼女を喜ばせたいと思った。次に、仕事をしたくないと思った。つまり、子供に戻りたいと思った。最後に、星か宇宙か何か大きく綺麗なものになりたいと思った。そして気がつくと、私は全裸になった。私は瞬く間に、全裸でレジンを照らすサトゥルヌスになっていた。

レジンとは、紫外線硬化性樹脂とも呼ばれ、ハンドメイドのアクセサリー制作などでよく使われる素材である。UVライトに当てると硬くなるジェルのような液体で、扱いやすく価格も手頃であることから、小中学生女児の間に例年各地でブームが起きていたりする。100均で手に入るため一般的な入手難易度は非常に低いと思われるが、私の場合「レジンっていうものありますか?ください、もの作れるやつで、レジン。こう、多分グニュっとした手作り系のあれです。」と詰め寄るムーブにより店員にかなり引かれた。客観的にこの事実を捉えると、必ずしも誰もが容易に手に入れられるとは言えないかもしれない、と結論できる。「娘に頼まれて」というお父さんですよパターンの雰囲気を醸し出そうと思ったのだが、うまくいかなかった。こんなにアレな感じのやつにも娘がいるのか、とまた別の意味で引かれた感じもあったので失敗を重ねただけだったかもしれない。仕事も人生も、ただの買い物でさえ、うまくいかない事ばかりだった。

レジンなど使ったことはなかった。でもそれがよかった。星をつくったことがないように、宇宙をつくったことがないように、レジンを使ったことがないということはふさわしいことだと思った。

商品を持って家に帰り、まず私はタバコを吸った。レジンのパッケージには火気厳禁と書いてある。しかし私はまだ子供になっていないので、今のところおじさんである。何をするにも一息入れないと動き出せない。わかってほしい。私はもうそういった世界観で生きていないのである。わかってほしい、わかってほしい、と呟きながら私は全裸になった。大人としての一服に別れを告げ、ついに子供に戻ることに成功したのだ。ちなみにレジンは地肌に触れるとアレルギー反応を起こすことがあるので全裸では扱わないほうが良い。

私は綺麗なものになり、子供に戻り、仕事をせず、彼女を喜ばせることにした。

試しに型に液を流し込んでライトで照らしてみる。

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seriaで買ったUVライトを当てると、すぐに固まる。

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量が多すぎたのか、形が歪になってうまくいかない。

今度はいろいろな色を混ぜたり、貝殻のラメのようなものを混ぜてみた。

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着色料を混ぜたことで硬化する力が下がったのか、折れた。

そうして、私は、幾度となく失敗を繰り返し、ようやく綺麗なものを作った。

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私は星を作り、宇宙をつくった。

しかし、私は子供にはなりきれていなかった。

これで彼女を喜ばせることができるのであろうか。いや、できるはずはない。星になり、宇宙になり、大きく綺麗なものになりたいのは私であって、彼女ではないからである。私は、このことに気がつけないほど子供にはなりきれなく、そして星や宇宙になりたいという思いの前には、彼女を喜ばせたいという願いがあった。

では、彼女が好きな物はなんだろうと思った。

私は、おにぎりだと思った。

ついでに、たくあんがあればもっといいと思った。

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ドライバーで無理やりボールチェーンを通された気泡まみれの不格好なおにぎりとたくあんは、となりあうとこの世で一番綺麗な夜食となった。少なくとも私には、それが彼女のもっとも好きな物だと思えた。

結局のところ、私にとっての宇宙と星は、このおにぎりとたくあんだった。

夢の中における自身の精神年齢について納得と感動したこと

専攻していたわけではないが、人格についての哲学的な論を昔調べたことがある。 ロック、シューメイカー、スウィンバーン、パーフィット、ウィリアムズといったそれぞれ著名な哲学者らが、人格の同一性は何によって判断できるか、ということをひたすらにこねくり回していた。あるものは記憶に依拠するとし、あるものは脳ではなく魂に依拠するとし、あるものは身体的同一性に依拠すると主張していた。彼らの主張の詳細は覚えていないが、やはりその中でも記憶に依拠しているという説が有力そうだ、と思った話がしたい。

ここ一週間ほど、たくさんの夢を見た。

一つは、学生時代の友人である男性と私、そして顔の見えない女性二人で旅行をする夢だった。お互いにそれなりに関わりのある顔見知りであるような雰囲気だった。

宿についたあたりから夢が始まる。どこか見たことのあるような構造の旅館に辿り着き、友人が男女ペアで部屋割りをしようと冗談を言う。どうやら友人は私と同行女性の一人をくっつけようと色々と気を回してくれているようだった。しかし私は同行女性らを何故だか少し嫌っていて、やんややんやする友人に対しありがた迷惑だと曖昧な表情を作っていた。とはいえ夢が進むにつれ、内心ではだんだんと満更でもなくなってきていたように思う。場面が転換して、おそらく夜の飲み会のような場になる。酔った勢いなのか煮え切らない私に思うところがあったのか、友人はしつこく私とくっつけようとしていた女性とお互いベロベロになってキスをしていた。夢の中の私はそのシーンを見たとき、とても言葉では表現できない複雑な感情を覚えた。さっきまであんなにけしかけてきていたのに、という驚きと裏切られたような悲しい気持ち、嫌いな女性と仲の良い友人がそんなことになっている落胆や止めたい気持ち、自分のことながら理不尽に思える不可解な怒りと薄い嫉妬、ただ単純な敗北感。なんというかこう、全体的に青臭いごちゃ混ぜな感情が確かにそこにあった。

この夢はそこで終わる。目を覚ましてからもしばらく、胸の奥底にその感情の余韻を感じた。目覚めのコーヒーを飲むとようやく頭も起き始め、同時にその余韻も薄れていった。代わりになんだかこう、懐かしいな、という気持ちが溢れてきた。しばらく会っていない友人や学生時代の雰囲気や散りばめられた記憶というよりも、夢の中の私自身が持ったそういった青臭い感情自体がとても懐かしく思えた。そんなことを思う、そんな風に感じる時もあったなとノスタルジックな気持ちになった。一方で、今そういったことが起きても、全く同じ感情は持てないのだろうとも思った。

夢の中の私は、今の私とは年齢が違った。恐らく高校生か大学生くらいまでの記憶は同じものを持っていたと思うのだが、社会に出てからの辛い気持ちや傷付いたり傷付けたりといった様々な経験、その記憶を彼は持っていなかった。今の私ならそもそも嫌いな女性と旅行には行かないし、件のシーンを見たとしても、合意の上うまくやりなさい、とただただ席を外して一人タバコを吸いにいくくらいだと思う。多少の驚きとおいおいという気持ちはあれど、少なくとも友人に対して裏切られたとかそういった風には感じない。ただ確かに、あのくらいの時期の私であればあんな感情になるだろうな、なっていたんだろうな、と思う。

二つ目の夢は、中学生くらいの記憶をごちゃ混ぜにした夢だった。当時の私は宿題や提出物を面倒がって全く出さなかったため、内申点が非常に悪かった。母親と先生と私の三者面談の帰り、内申点の評価からガックリと肩を落とした母親のせめてもの慰めにとシクラメンの鉢植えをプレゼントした事実ベースの出来事から夢が始まる。母親にそのシクラメンをプレゼントしたところ、私のせいでショックを受けたはずの母親は、それでもとても嬉しそうにその鉢植えを受け取った。うわあきれい、と喜ぶ母親を長く見ているのが照れ臭く、その嬉しそうな顔と先ほどまでの悲しげな表情とのギャップから、ああ僕は本当にこの人を悲しませてしまったのだ、といたたまれれない気持ちが生まれた。逃げるようにして、その時偶然その場を通りすがった友人と遊びに行くと言い残し母親とは別れた。近所に新しくできたコンビニで飲み物を買おう、という友人についていくと、コンビニには三者面談で話した教師がいた。三者面談の雰囲気からなんとなく気まずい思いと、買い食いをしようとしているのがバレたら怒られるのかな、という一抹の不安から身を隠した。ただ、しばらく様子を伺っているうちに、だんだんと自身の感情が変化してきた。あんなにも母親が傷付いていたのはこの教師の言い方に配慮が足りなかったせいなのではないか、そうに違いない、という責任転嫁からくる苛立ちのようなものが芽生えてきて、友人と一緒になって止まっていた教師のであろう自転車を倒す小さなイタズラをした。場面転換が起き、自宅にいた私に学校から電話がきた。私の生徒手帳がそのコンビニの付近に落ちていたので取りに来るように、と言われ、私はイタズラをしたのが私だとバレた、ああ、人生が終わったと絶望じみた気持ちになった。

この夢はここで終わる。目が覚めてから、今度は微笑ましい気持ちを持った。その程度のイタズラがバレたところでどうにもならないだろうし、教師の言い方で母親が傷付いたわけでもないことも明らかで、またなぜ突拍子もなく母親への慰めにシクラメンをプレゼントしようと思ったのだろう、と当時の事実を思い出して少し笑えた。しかし確かに、当時の幼い思考ではそれらが世界の全てで、それが世界の終わりであったりした。またそれも事実だったなと思う。

こうしてここ最近連日見ている夢を一つ一つ振り返っていくうち、夢が作った当時の私の精神の再現度、精度の高さ、言い換えれば異常さにだんだんと気付いた。夢は魂が見せるものだとか実はパラレルワールドの世界を覗き見ているだとか、それはそれで興味深いオカルティックな話は置いておいて、「当時の自分」をこんなにも的確にトレースできるなんて人間の脳の計算能力は本当に凄まじい。ある時期の気持ちや思考方法をわざわざ保存しているとも考えられないので、覚えている限りの経験や思考を繋ぎ合わせることでなんとか当時らしい私を作り上げているのだろう。世界5分前仮説というジョークじみた思考実験では、数十年分の記憶を持った人間がその状態で5分前に作られた、だなんていう無茶苦茶に思える話があるが、この脳の働きをみる限りあながち不可能ではないのかもしれないと感じる。少なくとも夢の中の私は、ほぼほぼ当時の私らしい考え方を忠実にトレースできていた。考えてみれば、覚えている限りでは自分が老人になった夢を見たことがない。よく言われているように、やはり夢は記憶に材料のある範囲でしか作り出せないものなのかもしれない。冒頭にあげた人格の同一性の哲学議論や、人の性格は生まれつきだとか家庭環境によるとかいろいろな話があるが、夢の中の私と今の私の考え方や感情の方向性の違いをみるに、やはり人の性格は経験から作られる部分が大きいのだろう、少なくとも私は様々な経験を積んできたことで私という人間にだんだんとなってきたんだろう、となんとなく納得してしまった。

昔夢にまつわる話を友人としていた際に「夢に出てきた人を好きになることってあるよね」という話題が出た。私も似たような経験がある。ある日ある芸能人が夢に出てきて、それまで全く興味のなかったその人がテレビに映った際、なんとなくもう少し見ていたい、チャンネルを変えたくないような気がした。これが例えば恋人になった夢であったりしたならば尚更その傾向は強くなるのだろう。古くは平安時代において、夢に出て来る相手は自分を想っている、というような解釈があったということだから、それはもう昔から人々は似たような経験をしてきたのだと想像できる。そして、夢の中の自分の精神年齢は少なくとも今よりも若く新鮮な状態であることが多いから、夢の中で感じる恋愛感情やときめきといったものは、現実に今自分が感じられるそれよりもずっと若く新鮮で印象深いものとなる。夢の中でいわば初恋のような気持ちを体験して、その余韻を新鮮さの印象を現実世界にもどっても忘れられないということなのかもしれない。そう考えると、この話は単なるあるある話とはいえ、人格の同一性や記憶と感情の結びつきを考えるに、とても興味深くそしてごく自然なことだと言えるのかもしれない。