最終面接の帰りに東銀座を歩いていたら、美味しそうな担々麺屋を見かけた。昼に面接があると分かっていたから、昨日の夜はどこか落ち着かず、朝も早起きをしてしまった。ダイエットを始めると決心して間もない今、やたらと担々麺屋の看板が目に止まってしょうがない。しかしそれは心の弱さではない。今日はそれほど脳が気疲れし、高度な栄養と熱量を切望しているのだと、自分に言い聞かせながら看板を無視した。銀座の担々麺、きっと高価だろう。それでもあの赤と白のコントラストは、疲弊した脳には抗い難い誘惑の風景だった。今週は築地に行ったり銀座に行ったり、面接に出かけることが多かった。最終面接は対面で行いたい、という企業が多く、どうせ出かけるならばとその予定を今週に詰め込んだのだ。面接は最終であるからか終始和やかなものが多く、落ち着いて自分の考えやこれからについて話をすることができた。その会社に自分が貢献できそうなポイントや、自身の特性や性格なんかをできるだけ素直に話して、逆に会社として抱えている課題や足りていない人物像などを聞かせてもらった。せっかくなので、と面接のついでにオフィス内を案内してもらうと、当たり前だけれども働いている人が沢山いた。モニタに映される数字を相手に難しいことを考えていそうな人や、通話しながら何かのデザインを修正している人など、ちゃんと働いている人々を久しぶりに見た。ここに自分が座ることになるのか、と考えるとイマイチ想像がつかないが、それでもきっとこの就職活動の最後にはきっとそんな未来が待っているんだろうと考えた。
オフィスという空間はとても静かで、無機質な感じがする。僕はその雰囲気がどうしても苦手だ。似たような雰囲気は、生活の中で言えば電車内や教室や映画館や図書館でも感じる。声や行動がどうも制限されているような、何か人と違う動きを起こしたらすぐに周囲の注目を集めてしまうような、みんなが同じ熱量で真面目に働かなければならないと突きつけられているような感覚だ。経験として数百人が働くそれなりに広いオフィスで働いていたこともあるから、実際にそこで働いている人々が画一化されたロボットのような働き方をしているわけではないことも知っている。でも、まだ面接を受けている距離感の僕からみると、やっぱり息苦しそうだな、と思ってしまう。オフィスに芝生や植物を設置してみたり、いい椅子やカラフルな壁紙で飾ってみたりすれば多少はその雰囲気はマシになるけれども、白い蛍光灯が隅々まで照らし出す生活感のない空間というのはやはり一定の緊張感を主張する。
取引先やお客さんのところに往訪すると、大抵は小さな会議室に通される。不思議と会議室では会話が盛り上がるし、オフィスの嫌な感じと同じような印象は受けないから、狭くて少人数であれば問題はないのかもしれない。なんとなく、大人数がいるのに静かな空間が苦手なのかもな、と思った。人の会話というものはどうしてか変に耳に障るから、オフィスが静かであるべきという話はわかる。今ではリモートで働いている社員と通話しながら仕事をすることもあるだろうし仕方のないことだ。しかしどうも、大人数がいるのに会話が発生せず雑音があまりに少ないオフィスという空間は、なんというか不自然であるように思えて気持ちが悪い。普段家で生活をしていると、車が走る音や、工事の音や、カラスの声。そういう心地悪くない雑音が生活の中にはあって、それにふと耳を澄ませる時間があって、時にはそれを煩わしく思うこともある。そういう安心感がないことで、何か脅迫的なものを感じる。もっとも、静かな空間に居続けるというのも実は訓練が必要な行為であって、僕がしばらくそれをしていなかったから慣れが必要というだけの話かもしれない。
探している仕事はリモート中心であるとはいえ、それなりに出社する、したい日はあるだろうから、またあの白く四角い空間に慣れなければなあ。元々6人以上での食事も苦手な程度に人混みアレルギーを持つ人間であるから、慣れるには時間がかかるだろう。それでも、またあの白く四角い空間の中で息苦しさと共存しながら、今はこの流れに乗っていかなければなあ。