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ここはクソみたいなインターネッツですね

逆にクソじゃないインターネッツってどこ

ゆめゆめ疑うことなかれ

有給休暇とオデキの聖戦

尻にとても大きなオデキが出来た。これは神による仕事を休めという啓示である。そう気付くや否や、俺はすぐさま勤次郎とかいう無骨な勤怠管理サービスで有給休暇を申請することとした。今週の金曜日は休めと、そう神が言っている。 俺は無神論者故、神には逆らえない。矛盾を感じるであろうが、しかしどちらも本当のことなのだ。だつて、居もしない神などというものに逆らうなど、逆説的に神の存在を認める行為に他ならないのであるから。故に、俺は神には逆らえない。

一年に10日ほど授かる有給休暇というものは、それすなわち神による十の偉業である。十の内おおよそ九つほどが翌年に持ち越されるのがここ最近の通例となっているが、今回の俺の尻のおでき然り、時折神は優しく奇跡をもたらしてくれる。

風俗で可愛い嬢が出てきたとか、駅の階段でギャルのパンチラがあったとか、そないなことは神の奇跡ちゃうねん。有給と桜井ひなここそ神の奇跡やっちゅうねん。

若人よ、ゆめゆめ疑うことなかれ 夢見る子供の夢の夢。

跨る白馬の夢見玉

俺は普段、たくさんの夢を見る。それは俺の睡眠の浅さに由来するものか、はたまた俺の精神の浅はかさによるものか。そのどちらかなど俺にとっても誰にとってもどうでもいい話であるから、皆が皆興味津々であるはずの女性の夢の話をしようと思う。

このご時世に、女性にとっての夢はロマンスだなどという古臭いカビの生えたような話はふさわしくない。しかしそれでも白馬の王子様というものは未だ母やディズニーから子に受け継がれていくれっきとした象徴であることに変わりはない。

当然、本気で白馬の王子様が突然に声をかけてくると確信している女性は少ない。全ての女性が運命論者であった時代はこれまで一度もなく、ましてやそもそも運命論者と言えるほどこの世に希望を残す人々が男女問わず減っている現代日本では尚更といえる。 それでもまだ白馬の王子様という表現が現代に通用するのは何故か。それは結局のところ女性に限らず皆が皆、夢というもの自体を”かないっこないものだからこそ価値のある、非現実への憧れ”と認識しているからではなかろうか。それは正しい認識だ。正しくも過剰に現実的な認識である。夢は叶うものではなく、見るものだとするその姿勢は正に、白馬の王子様を夢見ながらDV夫にその影を探る所謂ダメ女のそれといえる。 星占いをアテにする子供と同じくして、良いところしか受け取らないというのもまた正しく前向きで、素晴らしい姿勢だと俺は思う。一つ20円ぽっちのガラス玉を、しかし本物の宝石以上にとても大切にしようとする愛らしい純情を誰が非難できようか。

女性の話に加えて言えば、俺も実は愛らしい純情の塊なんじゃねえかと最近考えている。こんなにも、こんなにも例えサマーが何百日目になろうともオータムを待ち続けている気持ちと純粋さは、またそれらと同様に非常に美しく尊いものに違いないのだよ。

世の中に白馬に乗った王子様などほとんど存在しないし、俺がたとえ王子だったとしても白馬になんて乗ったらオデキが潰れそうなんで遠慮したいところだが、しかしまあ俺自身も眠れる森の姫を常に待ち望んでいる節はあるのだから、やはり人々は性の枠組みもなく夢を大切にしていると考えられる。 夢への認識、夢への憧れは現実の行動や物事に関わりなく、全て愛しく美しく尊いものなのだ。かなえなくとも、かなわなくともよいから、少年は夢を抱け。迸る熱いパトスで、愛と正義と愛液と精液を持って夢を見るべきなのだ。

何が言いたいのかよくわからなくなってきたが、ゆめゆめ疑うことなかれ。