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「とりあえず3年間は同じ会社に勤める」について、実行した現ニートが思うこと

なんで3年なんだろう

「社会人をとりあえず3年やるのは無駄」を全否定したい。 - OMGmag

「とりあえず3年間は社会人をやる」ということについて、議論はもう出尽くしているような気がする。いつの時代も賛否両論なのは分かりきっていることだし、「無駄な3年」かどうかなんてものは属人性が高い問題であるから結局のところ人による。

僕はそれよりも、何故「3年」なんだろうということにこそ興味を覚えた。「石の上にも三年」「三年寝太郎」などしばしば日本語には3年という期間が一つの区切りとして出てくる。奇しくも僕はちょうど3年という期間会社に勤め、自分なりに色々と考えたつもりで今ニートをやっている。果たして会社勤めの3年間は僕に何をもたらし、そしてそれは1年でも2年でも4年でもなく、3年でないといけないことだったのだろうか。

1. 1年ではいけない理由

人の人生における1年といえば、それなりに重みのある期間だと僕は感じる。例えば海外への留学で考えれば、2ヶ月や3ヶ月では短いなと思うけれど、1年といえば多くの人はそれなりだと感じるのではないだろうか。語学で言えば、専門的な会話は難しいかもしれないけれど、日常会話が出来るくらいは期待されて良い期間にも思う。では、仕事という意味では一年はどういった意味を持つのか。 僕は未経験のエンジニアとしてベンチャー企業に入社した。そう言ったことも踏まえ、社会人1年目で学んだことは、以下の3点が大きい。

  • エンジニアというものについての規範
  • 自社の業務についての理解
  • その会社が求める社会人としての規範

プログラミングというものについての知識については言うまでもない。そもそもプログラム言語やプログラミングについての知識がゼロの状態で入社したので、日々必死に学んでいった。特にエンジニアという仕事の性質上、常に最新の技術や情報に触れ、積極的に学び取り入れることはもはや義務であり唯一のやり続けなければならない仕事といっても過言ではない。しかし僕が1年目に学んだのは、プログラミングの技術云々というよりもこのような考え方こそがエンジニアという職業の規範であるという理解と納得が大きい。例えこれが営業であっても、事務であっても同じことだと思う。1年目で学ぶ最も大きな点は、その職種が持つべき規範への理解と納得である。少なくとも僕が1年目で学んだことの中では、これが最も身体に染み付いているものである。

次に、自社の業務に対する理解。この会社はどんな仕事をどのように得て、誰がどう仕事を行い誰からお金を得ているのか。今でも不思議に思うことがあるが、何故かこれは入社する前では見え難いものの一つである。就職活動を行っていた時にさんざ調べて分析した内容ではあるはずなのに、自社のことを友人から問われた時にハッキリと網羅的に答えられたのは1年が過ぎた頃だった。商流という言葉の上では説明が出来ていても、誰がどのような仕事をしているかというものはやはり実感を伴ってこそ理解できるものなのかもしれない。

そして、(その)会社が求める社会人としての規範。これは会社にもよるが、電話の出方一つから仕事への取り組み方、立場の違うもの同士の付き合い方など、やはり各々の会社に独特な文化があるのは当然のことだ。その文化が脈々と受け継がれてきたものなのか新興したものなのかはどうでもいいが、その会社に所属する以上求められる資質や態度、守るべきルールというものが存在する。新人研修から始まって、自分が後輩を持つようになるまで1年。その間に「この会社にはこういう文化がある」と後輩に説明を出来るよう、規範に対する理解を深めなければならない。別に共感はしなくてもいい。理解だけしておけば、少なくとも生きづらい状況を避けることは出来るし、後輩にそれを伝えることもできる。

この三点は端的に言って、今の自分の職種のこと,今の自分の会社のこと,今の自分の立ち居振る舞いのこと、である。こうして今振り返ってみれば、僕が社会人1年目で吸収できたのは、あくまで「今・自分」のことまでだった。周囲に対する考え方や、自身のこれまで、自社のこれからといった視点まではまだ獲得出来ていない。

僕の能力という尺度では、世間の言うことに同調するようで悔しいがやはり社会人1年目というのは'学生気分を抜けさせる期間'であったと言うわけだ。学生ではなくなったからといって、社会人であるとは言えないのは当然である。故に、1年ではいけないのだろう。少なくとも僕は、自分の実体験としてここまでは納得がいく。

2. 2年ではいけない理由

では、2年目では何が見えるようになっていったのだろう。なんとなくの印象では、段々と日々の仕事には慣れ、社内でのコミュニケーションも進み問題なく社会人と言えるようになってきたタームであるように見える。しかしそれは本当のことだろうか。

  • 業務への慣れ
  • 出世への欲

僕が2年目で得たのは上記二点である。 まず、業務への慣れ。これは先述した語学留学になぞらえれば、やはり日常会話程度はこなせるようになってきた段階であると言える。日々降りてくる仕事を、1年目で身につけた仕事の進め方に当てはめて一人で仕事を行えるようになってきた。当然後輩にも何かしらのアドバイスを出来るようになり、それなりに余裕が出てくる時期と言える、

そして二点目、出世への欲である。人は余裕が出てくると欲が出て、もっと良いものが欲しくなる。これは人類史が証明していることであるが、社会人にとってもそれは変わらない。入社当時から出世は出来るならばしたいと思っている人が大半だとは思うが、僕は日々に余裕が出来たこのころ、より具体的に出世への道を考え始めることができた。この先この会社にどう貢献すれば評価が得られるか、この会社に足りないものは何か、自分に足りないものは何か、どうそれを得るのか。欲というものは、少なからず未来を考えることと同じ意味を持つ。

僕は2年目にしてようやく、「周囲・会社・未来」を視野に入れることができた。では、より高い視点を得ることができたのに、何故2年ではいけなかったのか。それは僕の場合「視点は視点であって行動ではないから」ということに終始する。出世への欲から、僕はこれからの自分自身の成長について、上司に直談判をして共同作業で道筋を作らせて頂いた。しかしこの時はまだ、理想を持っただけの段階であり、その道筋を駆けられたわけではない。実行が伴わない想定など、なんの意味もない。やはり、僕は会社を辞めるのは2年目ではいけなかった。

3. なんで3年なんだろう

結果から言って、僕は鬱病になって三年一杯で会社を退職した。3年目は、2年目に立てた道筋を必死に駆ける年だった。夢に描いた出世という意味では、僕はこの3年目の一年で異例の2職階昇進を果たした。描いた道筋は困難極まるものであり、時に吐き胃を壊しながら実現した。上司の温情や会社の経営状況など、まあ僕以外にも要因があるとは言え、僕にとって3年目は、2年目の想定をようやく努力を持って「実現」させた年であると言える。僕の場合、スピードを持って成長出来たのはやはり3年目だったのである。文頭にあるよう世間で3年という期間が特別に扱われているのと鑑みるに、多くの人が似たような道を辿ってきたのではないだろうか。

僕の場合、3年目は結局のところ鬱病になっている。なぜ4年ではいけないのか、という話になると、「耐えられなかったから」としか答えられない。僕は今ニートになってしまっているし、世間の人から見れば僕の三年はハッピーエンドでは決してないと思う。今思えばなんであんな出世とかいう下らないことのために人生を摩耗させていたんだろうとか、それでもあの一年は自分としては珍しく頑張った経験だなあとか、それで精神壊れてちゃ成長とは言えないんじゃねえのとか、色々複雑な感情は出てくる。その辺りはまた別の話で。

結論

とりあえず、なんで3年なんだろう、という疑問に対しては僕は自分自身の経験を振り返ることでそれなりの納得を得た。もっとも、僕の3年間を1年で経験してしまう人も当然いるであろうし、もっとかかる人もいるのだと思う。けれども所謂凡人、特に優秀でもなく無能でもない(どちらかと言うと無能寄りかもしれない)フツーの人間と言われる人にとっては、これらのような経験を積む期間として平均して3年程度必要なのではないだろうか。 「とりあえず3年」という話に関しては、明確な根拠ではなく多くの人の経験論から語られている、慣習のようなものなのだと結論したい。その是非は色々あるとは思うし、上述のように個人差があるからなんとも言えないところだけれども、もし今働く期間について悩んでいる学生諸君や社会人1,2年目の人がいるとすれば、自分の人生を考えるための一助として僕の経験を役立ててもらえれば、僕はとても嬉しい。ついでに、ニートの僕にはもう見られない職場のOLのエッチな話や女子大生となんやかんやした話なんかをお礼として聞かせてくれればこの上ない。

何もしないクソニート、ということについて

「太陽フレア」 きょうGPSなど障害か | ホウドウキョク

太陽フレアGPSや通信機器に影響を及ぼす可能性があるらしい。これはつまりグーグルマップを頼りに都会に出てきた女子大生が一時的に路頭に迷う可能性があるということで、僕はその女子大生らを保護して匿う備えを急速に進めている。それと同時に今日の労働者時代の先輩と会う予定もキャンセルしてしまいたいワケだがなかなかそうもいかないのが困る。

ニートをやっていると、こんな風に昔の先輩や同僚、大学の友人から何か仕事の誘いを受けることがある。とてもありがたいことではあるが、僕は今ニートをやりたくてニートをしてあるため色好い返事は出来ていない。僕がニート期間である今、常に自分に問うていることは「お前が本当にやりたいことはなんだ」ということである。意識の高い人は大学時代に自分探しの旅をするという。僕はこの充電期間をもって自分が本当にやりたいことと絶対にやりたくないことを探し当てるつもりである。そのために今なにをしているかといえば、なにもしていない。勘違いしないで欲しいのは、すべきことがあるのに何もしていないのではない。「何もしない」ということが今僕のすべきことなのであり、僕はそう信じてそれに従っているのである。何かをしながら何をやりたいか考えると、どうしてもその今現在していることに考えが寄ってしまう。エンジニアだった僕はやはり次働くとすればまたエンジニアとしてなんだろうとどこかで考えてしまっているし、今仮にエンジニアとして誘ってくれている方々の仕事を手伝ってしまえばその道以外はより見え辛くなるだろうとも考えている。 何もしないということはなかなか難しい。しかし、なんとなくその場で思いついたような軽い気持ちや、必ず労働という形で社会に携わるべきだという自分自身のあやふやな認識、これらを取り除かずして再度仕事を始めてしまっては、僕は鬱で退職という同じ過ちを繰り返すことになる気がする。

仕事をしていたころ、PDCAサイクルというものについて会社の経営陣が口を酸っぱくして話していた。僕が今やっていることも結局のところ似たようなことをしているのだと思う。ミスをしてしまったから、次はどのようにすれば同じことを起こさないか考え実行する。PDCAサイクルなんて大仰なことを言っているけれど、人生においてそんなもの誰もがやってきていることだと思う。遊びでも恋愛でも学業でも友達付き合いでも、うまくいかないことがあれば相手を変えるなり自分を変えるなりやり方を変えるなり僕らは常に対策を講じ、また大仰な言葉を使えば僕らはいつも'カイゼン'してきたはずだ。ビジネスマンは当たり前のことをそれらしく言うのを好む。そう言った知識(僕からすれば知識ではなく嗜好な気もする)を名刺がわりにして、自分がビジネスマンであるとアピールしているのだろう。大切なのは言葉でも言い方でもなく、論理の理解と組み立て方であると僕は思う。話が逸れた。

他の人から見れば僕の今の状況は甘ったれなクソニートそのものではあるが、僕としてもまあ心の底ではそう自分のことを見ている。しかしクソニートをこれ以上拗らせるわけにいかないのは他の誰でもなく僕自身が最も痛切に考えていることであり、僕は自分自身をよく考えた末に「何もしない」という行動を選択したのである。何もしていない期間に、これがやりたい、と思いを重ねられたものこそ本当の気持ちであると今のところは考えている。悲しいことに、今はまだ「何もしない今を続けたい」と考えてしまってはいるが、それも一つの本当の気持ちかもしれない。いずれ社会がもっと僕に揺さぶりをかけてきて、ニートのままじゃ生きていけないと明確に突き付けられたとき、ならば僕はこれをしたいと確固たる意志を持って応えられるよう、自身に期待をしている。もしそれで、何もしたくないから限界まで何もしない、という答えが出たとしたら、僕はどこかで野垂れ死ぬだけだろう。その時は恐らく僕の考えは歪んでいて、産み落とされる時代か環境を間違えたのだと自己弁護をしてさっさと死ねばいい。

せめて人に迷惑はかけない形に納得が出来ればいいな。

みなし残業の悪意

ホワイトカラーエグゼンプションとは

一般的に、みなし残業制度とは、ホワイトカラーエグゼンプションという考え方/制度に基づく労働に関する制度の一つである。 しばしば悪く言われることの多いみなし残業ではあるが、その地盤となるホワイトカラーエグゼンプションの本来の考え方は、現状の実態とは少し違う立ち位置を取るものだ。

ホワイトカラーの給与及び評価は労働時間ではなく、実際にあげた成果に由来すべきものでありる。

これが基本的なホワイトカラーエグゼンプションの思想である。旧来の残業代における制度では、生産性が高く仕事を早く終わらせる人間と仕事が遅く無駄に残業をする人間との間に、仕事の量が同等であれ、残業代という制度によって給与に格差が生まれてしまう。これは構造的な理不尽だ。そう、これは制度に含まれる理不尽を無くすべく考えられた、正義の制度であるはずだった。 単純労働が主であった時代ならば、時間単位での生産効率に属人性が少ない故、このような理不尽は起き辛かったと考えられる。しかし、時代は変わり、現代。ホワイトカラーと呼ばれる職種が持つ仕事の量は明らかに増加した。ホワイトカラーの仕事はそれまでの労働というものに対する認識に疑問を投げかけた。ある人は10時間かける仕事をある人は1時間で済ませることがある、なんとなく仕事の性質が変化しているのかもしれない、というところが段々と判明してきたのである。 それに加え、あらゆる市場で競争の激化が起こっているのは言うまでもない。会社は所謂使えない社員というものを雇っている余裕を失くした。あるいは、情報化によって企業が各社員の生産性を明確に測れるようになったことも大きい。ともあれ、社会は生産性というモノの存在をようやく認識しはじめ、既存の制度では人や仕事を評価することは出来ないのではないか、と現代に合った制度を模索するようになる。 そこで生まれたのがホワイトカラーエグゼンプションという制度である。この成り立ちから、ホワイトカラーエグゼンプションそれ自体に批判を受けるような欠点はなく、時代に合った制度を設けようというただそれだけの話であったことがわかる。

みなし残業の悪意

では、なぜそのホワイトカラーエグゼンプションの一環であるみなし残業制度が批判を受けることになるのか。それは、このホワイトカラーエグゼンプションを悪用し、成り立ちを無視して見かけ上だけこの新制度を取り入れる企業が出てきたことに由来する。

会社の給与というものは、基本的に基本給と各種手当の二つで構成されている。 例えば基本給が20万であるとして、役職手当や家賃補助、交通費補助などを付与して給与総額が額面上30万になるとしよう。労働時間は09-18時昼休憩抜きで8時間とする。

ここでもう一度ホワイトカラーエグゼンプションの思想を確認すると、給与と評価は労働時間に対するものではなく成果に対するものであるべきだ、というものである。

この思想に基づき、日本においていくつかの先進的な企業は、以下の三つの制度を試験的に導入しはじめた。

  1. フレックスタイム制
  2. 裁量労働制
  3. みなし残業制

※ 当然今回は3のみなし残業制に関する話を取り上げるが、問題の本質的な構造は3制度共に変わらないことのように思う。

本来のホワイトカラーエグゼンプションの思想とみなし残業制度を照らし合わせると、みなし残業の文脈は以下のようなものになるのが自然と言える。

  • 一人当たりの平均残業代を全員に付与すれば
  • 生産性の高い社員は早い帰宅時間と残業代を
  • 生産性の低い社員はこれまで通りの残業代を
  • 理不尽なく正当な報酬を得られる

しかし、実態はこの通りではない。

基本給の一部をみなし残業代として付与することで、残業代を節約している企業がある。とても卑怯なやり方だ。そもそものみなし残業制度の成り立ちを考えると、ホワイトカラーエグゼンプションの思想に真っ向から対立するやり方であると言える。

大学生諸君や社会人の皆様、世間がみなし残業についてあれこれ言っているのはこういうことなのである。日本の一部の企業では、上記のような悪意のあるみなし残業制度が取り入れられている。みなし残業そのものはそもそも悪いものではない。悪用している企業がいる、ということなのである。

「レンタル彼女」なんてサービスがあるなら「レンタル部下」とかあってもよくない?

レンタル彼女

レンタル彼女、どこまでOKなのか?会話途中で「代金いいですか?」、個室NGで1回3万 | ビジネスジャーナル

レンタル彼女というものが流行っているらしい、という話を聞いてからもうしばらく経つ。今やそのサービスは割と一般的と言えるほどに知名度を持った。僕は利用したことはないが、性行為を目的とするものではなく、いわゆる普通のデートをキャストとなる女の子と楽しむ目的のものらしい。1h5000円〜というくらいの相場で、会話をしてくれたり手を繋いでくれたり、要するに「彼女」のふりをしてくれる女の子との時間を買えるものだ。

僕はこのサービスについて、大変素晴らしいものであるし、社会を読み解くにあたっても非常に興味深いものであると思う。

どういう人がどういう気持ちで利用するものなのだろう。色々なパターンが考えられる。 普通の男性で、新しいキャバクラのような形で一時的なストレス解消に利用する場合。いわゆるアイドルオタクのような人たちが、会いにいけるアイドルというような感じで一人の子をガッツリ応援していく場合。特定の相手がいる男性で、浮気や不倫はしたくないけれど他の女性と話すことでちょっとした刺激が欲しい場合。一人じゃ行きづらいお店や映画に連れていく相手として利用する場合。 僕はどのパターンの欲望にもそれなりに共感できる。やはりこういうサービスは人々の抑圧された部分の欲望が色濃く出ていてとても興味深い。僕だったらちょっと年下の扱いやすそうな女の子を指名して、高い店や高尚な場所を連れ回してさも自分はこういうところによく来るんだぞという風に紳士ぶりたい。要するに、偉そうにしたい。

じゃあこれって「彼女」に限らずとも色々派生出来るんじゃないの?

  • レンタル先輩
  • レンタル後輩
  • レンタル上司
  • レンタル部下
  • レンタル先生
  • レンタル生徒

なんかイメクラのシチュエーションを選ぶときのようで考えるだけでも楽しいが、僕の場合欲望は「偉そうにしたい」ということなので、つまりレンタル後輩やレンタル部下やレンタル生徒なんてサービスがあったらビンビン丸なのである。どれでもいいけど僕のオススメはレンタル部下だ。あぁ偉そうに説教しつつカフェでコーヒー奢ったりありもしない自分の武勇伝を語ったりして自分の地位を錯覚したい。セックスに迫る快感があるんじゃないかと思うわ。翌日から何か歪とは言え自信が持てそうだし、自分の意識がとても高まりそうなきがする。「うーん、お前もビジョナリーカンパニーとドラッカーくらい読みなよ?」とかドトールで言ってる胡散くせえ営業マンの真似してえ。マジでたまんねえパキパキになるわ。後半はどうでもいいところを褒めたりして「俺はちゃんとお前のこと見てるよ」アピールしてぇなぁ。今ニートだし仕事したくないけど先輩面だけはたまにしてぇ。

というわけでレンタル〇〇シリーズって拡張性あって面白くない?

「日本国籍が条件」で門前払い について考えること

【衝撃事件の核心】「やってることはさべつやで」会社に資料請求すると「日本国籍が条件」で門前払い…トルコ人男性“正義”の法廷闘争 - 産経WEST

この記事、奇しくもニートである僕が普段行なっている行為と同じ名前をした方「イエネルさん」が出てきたせいか何か惹かれるものがある。よくよく見ると、なぜイエネルさんは関西弁なのか、なぜイエネルさんは在日韓国人を例に挙げて質問を送りつけたのか、なぜイエネルさんは住所欄に大阪市までしか記載しなかったのかなど思わずツッコミを入れてしまうピースが散りばめられた記事だ。 果たしてイエネルさんはとりあえずの勝訴に至ったわけだが、しかし僕としては

「判決内容は契約の自由および企業活動におけるコンプライアンス上の合理的判断を否定するものであり、控訴を含め検討している」

という会社側の反応にこそ驚きを禁じ得ない。そもそもこの問題は担当者が記載不十分かつ外国人らしいイエネルさんの申込みを適当にあしらうつもりで不適切な一言を返答に入れてしまっただけの話という想像は容易い。それをまあポーズだけかも知れないとはいえ判決に不満タラタラですよ、という態度を取るのは企業として悪手だろう。不適切な発言があったことを認めて謝罪し、今後同じことがないように努めると言うような大人な対応がなぜ出来なかったのだろうか。

日本は差別が多い国かどうか。

調べてもなかなか明らかになるものではないけれど、しかし僕も一人の日本人として日本人は恐怖心と好奇心が強いという印象がある。外国人と明確に比べたわけではないけれど、僕が車椅子に乗っていた時期、確かに電車内や街にいた時明らかな視線をイヤってほど感じた。何かずっとこっちを見ていた青年に、障がいをお持ちですか?と声をかけられたこともある。一言目の印象とは裏腹に、彼は彼なりに僕を助けようとしてくれていたらしい。そのことから僕がなんとなく思うのは、日本人は様々なマイノリティに対してどう対応していいのかよく分からず、しかし何かしらの対応方針を決めたいと考えている生き物なのだろうな、ということだ。実際僕は大学の頃研究の一環で障がい者の劇団を訪れたことがある。研究していたとは言え、確かにその場になってみればどう接していいのか分からず困惑した記憶がある。何が相手を傷付けるのか、どんなコミュニケーションが自分と相手の間に生まれるべきものなのか、全く想像ができなかったのだ。多分、僕はあの時怖がってしまっていた。 こういったことは日常生活でもよくある。こういうタイプの人とはああいう付き合い方をしようだとか、あの人はよく分からないからあまり関わらないでおこうとか。人間はよく分からないものを怖がるというのはよく言われる話だが、日本人は特にその傾向が強いんじゃあないだろうか。自分自身がそうだったからよくわかる。ある程度の対応方針が決まっていれば大して怖くもないんだけれど、外国人やマイノリティと触れ合う機会がとても希少で、まだその経験を日常レベルの習慣や慣習にまで昇華できていないのだと思う。だからこそ、不意に出る言葉や態度が相手を傷付けることも多く、そのことから互いに拒絶感を持ってしまうことになるのだろう。

「結局のところ差別なんて人による」という主張も一理はあるのだけれど、社会的な取り組みとして外国人やマイノリティの過ごしやすい社会を作ろうとしているのならば、もう少しこの問題を解決するやり方は規制を増やす他にもあるんじゃないかと僕は思う。あの時声を掛けてくれた青年は、きっとコミュニケーションを怖がってしまった僕と同じなのだと思う。やろうとしたけれど、やり方が分からず相手を傷付けてしまう、必要以上に身構えて怖がってしまう。こういった問題はやはり交流が'日常'になってこそ解決に近づく話なのだろうなあ。

天理市市長デリヘル問題についてニートが思うこと

選挙前、週刊誌で「公務出張中に性的サービス利用」報道の天理市長「不徳の致すところ」 - 産経WEST

このニュース(この記事本体というわけではなく一連のニュース)を見て僕は率直に言って「クソほどどうでもいいことをクソみたいに騒いでるクソ記事だな」と思ったワケだがどうやら世間ではそうもいかないらしい。 立場がある人間というのはデリヘルを呼ぶだけでこんなにも騒がれてしまうものなのだろうか、僕にはあまり想像もつかない世界だ。昨今のニュースを見る限り公人はすべからく聖職者たるべし、なんて規範が徹底されているようには到底思えないし世間もそんな期待なんてしてないと思うんだけど。ここら辺がニートである僕と世間のズレであり僕の不徳の致すところだとでもいうのだろうか。 つい最近にも出会い喫茶に行って貧困調査をしていたとかいう人が炎上していたけれど、貧困調査という言い訳が事実なのかどうかは別として、そんなこと皆してんじゃないの、というのが第一の感想だった。風俗へ行ったことのない人しか政治家や公人になれないのだとしたら嘘発見器使って全員審査でもするか、そもそも必須要項に書いとけよ。別に性サービスを受けたって政治能力が下がるわけでもないし、性サービスを受けない人だからって優秀だとも限らないだろうに、謎の'イメージの悪さ'みたいなもので人をどうこう評価するのはやめなさいよ民衆の皆様、というところです。偉そうに'けしからん'とか'ちょっとどうなの'とか批判してる連中は性サービスを受けたこともなくて、またそれが偉いとでも思ってんのかね。ちょっとどうなのってどうだと思ってんだよお前は。今回の市長には多少の油断があったことは確かだけれど、そもそもこの問題が本人にとって追求されたところで痛くもかゆくもないものであるべきだし、世間にとっても「だからどうした」というものであるべきだし、だからこそ記者は記事になんかする必要のないことだと思うんだよね。不徳の致すところとか言って謝罪する必要も一切ないし、本人も世間も過剰反応すべきでない事柄に思える。

小室さん「レシピ本」で節約生活意識、2人月2万円 - 社会 : 日刊スポーツ

これも同じで、眞子様と婚約された方もたかが本一冊買ったくらいで記事になって本当にかわいそうだ。マスコミは知る権利だとか実態のないものを盾にこういうことをよくするけれど、彼らのプライバシーや生活を侵害する権利なんて持っていないんだけどね。それぞれの記者がどういう気持ちで記事書いてんのか知らないけど、そんなのジャーナリズムではないしクソにも劣る恥じるべき仕事だと知れ。僕は仕事をしていないいわゆるニートではあるが、そんなくだらない仕事をしている人よりかは恥のない暮らしをしていると思うよ。日々彼女にいつ「そろそろ働いてくれない?」と言われるかと戦々恐々している僕だけれど、多分今日捨てた生ゴミより純粋なゴミ度の高い僕だけれど、即座に息を止めた方が世間にとってはプラスになるであろう僕ではあるけれど、そんな恥知らず達は僕よりも程度が低いと思う。悔しかったらそんな仕事辞めちまえ。不倫だの横領だの明らかに社会的逸脱と見なせることなら槍玉にあげるのもまだいいけど、グレーなものを'問題提起'とかいう聞こえのいいオブラートに包んで公表するのはその行為が明らかな一方的攻撃であり恥ずかしいことだということを自認しろと思うね。

そもそも現代で聖職者たるべき仕事なんてあるのかね。教師だの政治家だのそう言われがちな仕事は確かにあるけれども、本当にそうあるべきな仕事などないと僕は思うよ。ニートやってても普通のサラリーマンやってた頃も小学校で学級委員やってた頃も大して心意気なんて変わってねえよ。こんなんで一々記事書くやつも偉そうに批判する奴も石を投げる資格なんてあるのかね?一度胸に問えよ。僕はニートなのにこんなこと書いて胸が痛くて痛くてたまらねえよ。偉そうなこと言ってないで働けと彼女に言われたらぐうの音も出ねえよ。せめてこのちっぽけな情けないニートのように、罪悪感と恥を胸に抱けこのやろう。

鬱で退職したSEの戯言

自分語り

昨年の8月頃から、眠れない夜が多くなっていた。その少し前の5月に(ごく僅かではあるが)昇進したこともあって、割と大きい仕事を一つ任されたのが遠からぬ原因の一つであると思う。 8〜9月の段階では、眠れないといっても僕はそれほど重大な問題として捉えていなかった。初めて任される(自分の中では)大きな仕事のプレッシャーを感じるのは当たり前のことであるし、ようやくチームを率いる位置につけるということで少なからず期待で胸がざわついているのも当然のことと自覚していたからだ。

そして昨年9〜10月頃から本格的にプロジェクトが始動し、実際にチームが手を動かす段階に到達した。初めてチームを率いるということで、僕は知識も度胸も不足し、周りから見れば頼りなく映っただろう。プロジェクトの体制づくりもチームの体制づくりも、何より自身の意識が不十分だったと思う。プロジェクト開始から一ヶ月もすると、僕は僕の不甲斐なさからチームに多数の失敗と、幾らかの致命的な確執を生んでしまった。僕はどこまでも甘く、実力不足で愚かだった。

しかしそれでも、大きなプロジェクトを率いているという状況があり、上司と経営陣は僕をさらに昇進させてくれた。今思えば、10月頃に行われた昇進面談の際に「これからもっと頑張ります」と上に宣言したことで、僕は自分にトドメを刺したのかも知れない。

11月に入りしばらくして、僕は完全に鬱病になった。一週間の睡眠時間は10時間を切り、休日や就寝前の仕事をしていない時でさえ仕事に対する不安感に苛まれた。このプロジェクトは本当に最終的に成功するのだろうか、いやそれどころか、役員に毎週のように通告される期日までに、コレは完成さえしないのではないか、今からでも他の頼り甲斐のある人をリーダーに置くべきではないのか。僕は睡眠不足の頭で、四六時中そんなことを考えていた。

プライベートでは、半同棲していた彼女と話すことも減った。それまでは会社の愚痴やらこれからどうしていきたいかなど、飲み屋でグダグダ話すようなことを彼女の迷惑も顧みず一方的に話していた(それもどうかとは思う)が、ついにそれすらも出来なくなっていった。眠れない夜、体をムズムズ動かしたり、何をするでもなくスマホの画面を眺めていたり、突然奇声をあげる、手が震えだす。深夜から早朝にかけて毎日毎日絶え間なくそんなことをやってしまうから、悪いと思いつつ彼女を起こしてしまうこともあった。僕は、彼女の睡眠時間さえ奪うようになってしまっていたのだ。それでも彼女はイヤな顔一つせず、僕に「大丈夫だから無理なら辞めちゃってもいいよ」と優しく声をかけ、返事を待たずにまた眠ってくれた。今思えば聖人かコイツは。彼女が居なければ僕は、10月の時点で自分か他人かを殺していたかもしれない。

そんなことが続いたある日、僕はなんとなく定時で帰ることにした。何か確かなきっかけがあったとは思えない。僕の心の中の、なんらかの堰が悲鳴をあげていたのだと思う。僕は、そのまま夜間診療を行なっている最寄りの心療内科に足を向けた。眠れない、猛烈な不安がある、手が震える。そう医者に告げたら、「死にたいと思うことはありますか」と聞かれたのをよく覚えている。その時僕は、なんと答えたのだろう。覚えてはいないが、「患者さんとは必ず約束をするのですが、命を投げ出すようなことは絶対にしないで下さいね」と目を見て言われた記憶はある。結局、出されたのは抗鬱剤抗不安薬睡眠薬のフルセットであり、僕は鬱病だと診断された。僕は晴れて、自分を鬱病患者だと認めざるを得なくなったのである。

12月に入り、プロジェクトは最終局面を迎える。納品まであと二週間というところで、僕は上司に「仕事がつらい。納品したら、休職をさせてくれ」と頼んだ。昇進を推薦してくれた上司や経営陣に対し、なんと無責任なことだろうか。プロジェクトの性質上、これは納品すれば終わりというものではない。今後機能を改善し、拡販計画をすすめていくことを含めて、これは一つのプロジェクトと呼ばれていたのだから。

しかし僕は、無責任だろうがなんだろうが、自分の生死が関わっているという言い訳を振りかざして何が何でも休むつもりだった。手が震え、禄にキーボードさえ打てない。会議で人の目を見ることが出来ず、しどろもどろでしか喋れない。人をどんどん嫌いになっていき、何より自分が憎くて憎くて仕方がなくなってくる。上を殺したい、下に死んで欲しい、自分が死にたい。もうここでは生きられない。もうこんな地獄では生きられない。もうここを地獄にしたくない。その一心だった。

こうして僕は納品後にすぐさま休職をした。一月二月と経っても、症状はよくならなかった。嫌いになるべきでないと頭では理解している仕事や人も、やはりどこか嫌いなままで、あそこに戻る自分が想像出来なかった。今更戻れなかった。そうして休職期間が満了し、僕は退職することとなった。

僕が本当に鬱だったのか、ただ単に責任の大きさと環境が変わったことで少し気分が乱れただけなのか、それともただの甘えだったのかは今でもよくわからない。甘えと言われれば、甘えだったような気はする。しかしもしあの時自分に甘えなければ、僕はこれ見よがしに会社で首を吊るくらいのことはやっていたと思う。そう考えれば僕はそもそも、採用されるべきでない人間だったのかもしれない。労働に向いていない人間だったのかもしれない。まあ今となってはそんなことを言ってもどうしようもないが、僕は他人から見ても自分から見ても本当にダメなやつだったんだと思う。会社のことはそれなりに愛していたし、会社のダメなところは率先して自分が変革していきたいと、そんな青臭いことを思っていた。けれどもそれも、結局のところただのダメなやつの空回りで、誰かに何かをしてあげることなんて、ほとんど出来ていなかったんだろうなあ。きっと生暖かい目で相手をしてくれていた人達は、本当に嫌いになってはいけない人達だったんだとおもう。

今でも僕は、たまに会社に潰されたとか上司に潰されたとかそんな風な、嘘で欺瞞で利己的でとんでもない思い込みをしてしまいそうになることがあるけれど、そういう自分を今も変えられていないことが、この顛末のすべての根っこなのだろうと、今も尚考えている。